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「バー銀」

 あの時代、何処をどうバンドの仕事をしたかは分からないが、「ニュー東京、ニュージャパン、サクラメント、遺族院」と結構わがままを言わせてもらっていた。

 そう、クラブ銀座。
 通称「バー銀」なんてバンドマンの間ではそう呼ばれていた高崎ではトップクラスの「クラブ」。その「バー銀」での仕事が突然入った。

「貴族院」のバンマス、金井先生の仕事だ。

 今ではどうか分からないが当時はミュージシャン、楽士、ただ楽器を持って立っているだけでも店に入れば「先生」と呼ばれていた。どうしてだかはよくは分からないが兎に角「先生」なのである。
 だいいちこんな僕も先生だったのだから可笑しいことこの上ない。

 バンマスの金井先生。本業は安中市の磯辺温泉にある「磯辺煎餅屋」の若旦那で、昼間はその磯辺温泉で「磯辺煎餅」を真面目な顔をして焼いている。もちろんピアノを弾くときが不真面目な顔と言うわけではないが、いつも飄々としていて煎餅屋の金井さんとピアニストの金井先生とではその趣の違いが可笑しかった。

 その金井さん、キャバレー、クラブを2軒、3軒とかけもちをしていた。けっこう贔屓筋も多くバンド演奏の時間も金井さんに店が合わせていたようだ。どうしても都合がつかなくなると「ラート(トラ、エキストラ)」を入れた。

 ある時「Mさん」という金井先生のラートが入った。その「Mさん」ほとんどがラート専門のピアニストで、昼間は八百屋の引き売りをする愉快な人だった。
 ところがその「Mさん」それから一〇年くらいした時にテレビのワイドショーに出ているではないか。

 出ているとは言っても出演していると言う意味ではない。とある事件の主人公としてである。

「O」とか言う女性演歌歌手をだまくらかしてかなりの額を詐欺したとかしないとか。
 どうやらその歌手「O」が伊香保のホテルに出演している時にピアニストだった「Mさん」にひっかちまったと言うストーリー。

たしかその「Mさん」、バー銀にもラートで入ったことがあった。「Mさん」は主に渋川、以下保温選のクラブ、ホテルを仕事場にしていた。

「ヨーッ、渡辺君、来月からバー銀の大矢君のとこ行ってくんねえか」

「バー銀ですか」

「ああ、バー銀だよ。大矢君ひとりのアコーディオンじゃあ色気がねえってママが言うもんでさっ、じゃあトリオでどう・・・・?って言うことで請けたんだ。頼むぞ」

 金井先生は若いもんに四の五の言わせない迫力があった。迫力があったと言ってもそれは、所謂ハイカラな若旦那風情のそれで、別にそっち系と言うことではない。
 しかしそっち系もなぜか一目置いていた節のある「バンドマン」の取締役的な存在だった。

その「バー銀」のバンマスは大矢さん。

「バー銀」は高崎の社交界ではそうとうの客筋。高崎どころか県庁のある前橋辺りからもかなりの上客が通い詰めていた。そんな上客、常連さん相手にタンゴやシャンソンで大矢さんは接待していたらしい。

 その時代、まだカラオケの「カ」の字もない頃で、高度成長真っ盛り。どうやら客筋も演歌にジャズということになってきたようで、金井さんに相談したところそれではということに相成ったようなのだ。
 大矢さんは身長は一八〇センチをゆうに越えるいかにも芸術家と言った面持ち。その大矢さん・・・・・当然、本職は絵描きさんだ。

大矢さんはピアノを弾いたりアコーディオンを弾いたりと鍵盤ものは器用にこなしていたが、根っからのジャンルが「タンゴ系」なので、ジャズをやっても、演歌をやっても「アルゼンチンタンゴ、コンチネンタルタンゴ風」になってしまうのが玉に傷だった。

大矢さん、あの大岡越前の加藤剛をいくらか間の抜けたサラリーマン風にした感じで体が大きい分だけ大袈裟に見える演奏スタイルでインテリなファンもつかんでいた。

バー銀の息子

そんなある日。「バー銀」のママさんが―――

「渡辺君・・・うちの息子、中学生なんだけどバンドを組んでいてうるさいのよ。家ん中でガチャガチャ、ガチャガチャうるさいの。今度一度遊びがてら見に来てくれない」

何でも、小学校六年生くらいから友達と「エレキバンド」を組んでいるのだと言う。

もちろん当時「バー銀」と言えば高崎ではトップクラスの「クラブ」を経営する家の息子。相当裕福な家庭で、高崎から少し離れた所の私立中学へその息子さんは通っているのだそうだ。
 そんな訳で、当然他のともだちと言うかバンドのメンバーも同じ私立中学に通うお坊ちゃま君たちだった。

「渡辺君、エレキバンドやってたんだよな」と、大矢さん。

「今もやってますよ。まあ、エレキバンドといってもブルース、黒人ブルースなんだけど」

「なんだい―――その黒人ブルースって言うの」

大矢さん、流石に絵描き、芸術家だけあって興味深々なんだが・・・・・黒人ブルース、どうも突っ込んだ話をしても分かりそうもないので適当に言った。

「ほら・・・サッチモなんかの元のスタイルですよ。あの一二小節の」

「そっかそっか。兎に角今度行ってあげたら」

大矢さん分かったのか分からないのかそう言った。実にシーチョーである。

「ママさん僕も一緒に行きますよ。なっ、渡辺君」

 と、大矢さんは言った。

「助かるわ。兎に角うるさくてしょうがないの」

気持ちは良く分かる。よっぽど上手くても練習なんかは「雑音」もいい所。それが始めたてじゃあとんでもない騒ぎである。

暫くした日曜日に大矢さんの車に乗せてもらって「バー銀」のママの家に行った。

「すげぇーなっ、大矢さん邸宅じゃないのここ」

「庭も凄いぞ、渡辺君」

高崎の市街から少し離れた新興住宅街の中にそれはあった。近くには工業高校と市立中学、周りには稲刈りを済ませた田圃がまだ残っていた。

〈ガチャガチャ、ドカドガ、ギャんギャン〉

ぐるりと囲まれた塀の中からドラムの音、エレキギター、エレキベースが聴こえて来る。

〈これじゃあ堪らないね〉
 と、僕と大矢さん苦笑いを見合わせる。

 ママさんに通されたのは庭の広がる一〇畳ほどの部屋。

「お店でバンドやってもらっている先生。大矢さんと渡辺君」

 ママはその誰とにでもなくそう言った。

「こんにちわ」

 口々にエレキを抱えた少年たちは言った。

「あの大きいのが息子」

と、ママさんが、中学一年生にしては「ヒョロッ」とでかいエレキギターを弾いている少年を僕と大矢さんに紹介した。
 見事な楽器が揃っている。流石、「バー銀」の、と感心するしかなかったが、演奏の方は何とも言いようがなかった。

 後日談だが、その「バー銀」の息子さん、今を時めく大ミュージシャンに出世している。そして今はその「バー銀」もない。

兎に角、キャバレー、クラブ百花繚乱の時代であった。 


  

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