ジョー

 

僕がジョーと初めて会ったのは僕が二三の時。渋谷の「ジャンジャン」というライブハウスというか、小劇場の「松岡井計子ビートルズを唄う」のバックバンドのオーディションでたまたま一緒になったのがきっかけだった。

ジョーはギターのオーディションで来ていたらしい。来ていたらしいというのは、僕はその時ジョーのオーディションを見ていたわけでもなく、会って話をしたわけでもなかった。その時はジョーのほうが僕のドラムを、そのオーディションの結果発表を待つために客席から見ていたと言うのだ。

そのオーディションの後しばらくしてから偶然に渋谷、道玄坂にある「ヤマハ」で僕と群馬の田舎でブルースバンドを組んでいたお末ちゃんとメンバー募集の張り紙をしている時―――そのジョーが声かけてきたのだった。

「スミマセン・・・たしかジャンジャンのオーディション、ドラムのオーディションにいなかったですか」

 英語訛りの日本語である。

「僕・・・あの時、ギターのオーディション失敗でした」

 と、肩をすくめて、あの「外人」独特のジェスチャーで両手を広げると「ニコ」っと笑った。

 僕もお末ちゃんも何がなんだかわからないままただその変な日本語を話すやつの話を聞いていた。

「あっ、僕、ジョーと言います。ボーカル募集ですか」

 また「ニコ」っとそいつはそのジェスチャーで笑った。

 メンバー募集には―――

「当方ブルース系のギターとドラム。ボーカル、ベース募集」

そしてそれに実家の電話番号を書いて貼ったばかりだった。

「僕、ブルース歌います。オールマン、BBキング、マディ―、クラプトン・・・もちろんギターもね」

 またまたあのジェスチャーで「ニコ」っと笑った。

「僕の電話番号です。電話ください・・・OK?」

またまた、またあのジェスチャー。

「分かった、分かった・・・電話するよ・・・いつでもいいのか?」

「できれば午前中ね。午後からは英会話教室でエライさんに、英会話の先生しているから僕」

 と、またまたまた、またあのジェスチャーで言った。

 僕と堀口は〈なんだよこいつ・・・〉と互いに顔を見合わせながらも、電話番号のメモを受取った。

ジョーとそんな出会いのあった数日後僕とお末ちゃんはまた渋谷道玄坂のヤマハに行った。と言うのもまだメンバーが決まったわけではなかったので再度、募集の張り紙を頼む為にだった。

「ナベさん、ほら・・・あの外人ぽいの、ジョーとか言ってたな。あいつに電話してみねえか」

 お末ちゃんはおもむろにジーパンのポケットからこの間のジョーの電話番号の書いてあるメモを取り出しながら言った。

「武ちゃんとこ、実家へは電話行ってねえのか」

「ああ・・・あれから何度か兄貴のところ電話しててるけどだめみてぇだ・・・それもそうだ、手紙をとも思って住所も書いといたのがいけなかったのかな。群馬県群馬郡群馬町・・・だもんな」

 そう言うとお末ちゃんは「ハハッ」と笑った。

「なんだよ、俺がするのかよ」

 お末ちゃんは〈頼むよ〉というような顔をしながら小さく折りたたんだメモを広げながら僕に差し出した。

僕はその、ジョーのくれた電話番号にヤマハの公衆電話から電話した。

「ハローーー、ハローーー」

「?????」

〈なんだ・・・英語じゃねぇか、それも外人の、それも女の外人の声だ〉

 僕は思わず咄嗟のことに慌ててしまって言葉にならなかった。

「ハローーー、ハローーー」

 ようやく外人女性らしきその電話の主。こちらが英語が駄目なのがわかったらしく片言の日本語で応え始めた。

「モシモシ、モシモシ・・・ユイデス、ユイデスガ」

〈参ったな外人だぜ、彼女かな、カミサンかな〉

「堀口・・・外人だぜ」

 僕は受話器を抑えながら堀口に言った。

「モシミシ・・・モシモシ・・・」

 向うもこっちが日本人と分かったのか「ハロー」ではなく、しきりに「モシモシ、モシモシ」と言っている。

「ドナタサマデスカ、ドナタサマデスカ・・・」

 どなたさまもないよ、なんなんだいったいこれは、と思いながら・・・

「ジョー、ジョー、ジョーイマスカ」

僕もつられて英語訛りというか変な日本語で喋ってしまっている。

「ハイー、ジョーネ、スコシマッテクダサイ」

 電話の向うで、「ジョーーーー、ジョーーーーッ」と呼んでいる声が聞こえる。

「もしもし、誰・・・・・」

 誰、誰じゃあねえだろう失礼な奴だなと思いながらも・・・

「あっ、どうも、この間の、渋谷ヤマハの渡辺です」

「オーーーーッ、すみません、渡辺さん。渡辺さんですか」

 僕が冷や汗もんだったことを言うとジョーは申し訳なさそうに、こう言った。

「彼女、ビクトリア、トーリーと言います。僕の奥さんです。アメリカ人です・・・驚いた」

 ジョーはそう言うと、電話の向うで少し押し黙った。

 驚いたもなにも、生まれついての田舎もんの僕、アメリカ人といえば「モルモン教」の宣教師くらいしかその当時は知らなかった。しかも本物のアメリカ人と滅多に話なんかしたこともなかった。

「どうですか・・・僕と一緒にやりませんか、渡辺さん」

 ジョーは既に決めている様子だ、積極的だ。もっともこっちもそのつもりで電話をしたのだから、それはそれで話が早かった。

とにかく僕とお末ちゃんはジョーに新宿の御園スタジオ、通称「御スタ」でリハをすることでどうかと言った。ジョーも御スタ葉何度も使っているらしくすぐにOKした。

「じゃあ、御スタで」

 と言うことで受話器を置いた。

ベースが未だ決まってはいなかった。

「堀口・・・ベースどうする」

「ベースね」

ベースにあてがあるとすれば、これまでやっていた「雲助バンド」の丸山さんに頼むしか他にはなかった。

「丸さんにたのむしかねえな」

 と、僕が言うと、堀口もそれしかないといった顔で僕を見ながら頷いた。

 丸山さんとは、これまで堀口が参加していた日本語のオリジナルでやるブルースバンド「雲助バンド」のベーシスト。

 僕はその雲助バンド。ドラムは手伝いで何度かやったくらいだからどうって言うことはなかったが、堀口はその雲助バンドのやる「オリジナルブルース」、日本語のブルースがどうも性に合わなくて雲助バンドのリーダーの田舎、弘前公演を最期に一方的に抜けていたのでどうも頼みづらかったようだった。

「ナベさん電話してくんねえか」

 堀口は心細そうに言った。

「しょうねえよな、ベースいなけりゃあはじまんねえしさ、いいよ、俺が電話するよ」

「ナベさん、電話じゃなくても丸さん、新宿の帝都無線でバイトしてるしそこへ行ってみる・・・その方が早くない」

 それもそうだ、ということで、新宿東口の紀伊国屋書店の2階にある「帝都無線」に僕と堀口は急いだ。

「どうしたのよ、堀さん。リハ来ないで」

 丸さんは堀口の顔を見るなりむっとした表情で堀口に言った。

「いやーーー、ギター、キーさんいるし・・・キーさんひとりでいいんじゃない」

 堀口は申し訳なさそうに言った。

「そう言う問題じゃあないでしょ」

丸さんこと、丸山さんは西武池袋線の上板橋に住んでいる生粋の東京っ子、話っぷりは僕と堀口のように上州の田舎もんとは違っていたって穏やか。だが、その穏やかさゆえの切実さが伝わる丸さんの言葉に堀口はそれ以上の返答の仕様がなかった。

 結局「雲助バンド」弘前以来リハらしいリハはしてなっかったようだ。ボーカルの志保君も昔やっていた「なぎら健壱とカンケリ仲間」に戻るとか言ってそのままらしい。

「キサブローは作曲に専念するとか言っていたけど、それにしても残念がってたよ。もっとも、ナベさんは借りモンだし、ドラムがいなくちゃあね。それに僕も歌手のバックの仕事決まりそうだし・・・ところでなに?、今日はおそろいで」

 丸山さんもひとつの区切りがついたと言ったような風で僕と堀口に静かに言った。

「丸さん・・・悪いんだけどベース手伝ってくれない。ブルースだし」

 丸さんは雲助バンド参加以前は、「南阿佐ヶ谷ブルースバンド」のベーシストだったからブルースのベースはお手の物だった。

「なんだ・・・堀さん、バンド組んだの。で、ナベさん、ジャンジャンの方どうしたの、チャンスじゃない」

 僕がそれまでのいきさつを話すと丸さんは「手伝いならいいよ」と言うことで了解してくれた。

「ジョー・・・聞いたことあるな。そいつ外人じゃあない」

「うーん、外人て言うか・・・」

「多分そいつ知ってるよ、西口の『マガジン2分の1』に出入りしてる。なんでも奥さんアメリカ人で奥さんの妹が『マガジン2分の』のマネージャーとできてるとかの」

 丸さんはその「マガジン2分の1」には南阿佐ヶ谷ブルースバンドの頃からよく出入りしていたらしい。僕らも一度だけあの天下のブルースバンド「ウエストロードブルースバンド」の対バンで出演したことがあった。もちろん丸さんの口利きでだが。


  

[PR]湘南美容外科で働きませんか?:全国19院。医師、看護師ほか募集中