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モンスタートーン

トム・アンダーソンはその頃、LAの郊外でネック作りを「OEM」でやっていた。

「ナベ、トムが新しいピックアップ作ったぜ、もちろんF500シリーズに引けを取らない奴をな」

その頃シェクターオリジナルの「F500シリーズ」は底をつき始めていた。当然ハンバッカーの「G300シリーズ」は在庫は無かった。

トムのしい企画の「ピックアップ」は渡りに船には違いなかったが僕としては「市場」の反応が怖かった。もちろん資金的な面もあるが、旧シリーズの「線材」も「マグネット」も、もうアメリカで入手が困難だと聞いていたからだった。

しかし、シェクターが他所のメーカーのピックアップを載せるわけにはいかなかった。当時流行の、ポールリードスミスや、スタインバーガーなどに主に使われていたアクティブ・ピックアップ「EMG」、これらもユーザーの特別注文、いわゆるオーダーの際の持ち込みなどでは使っていたがシェクターの正規の製品には一切使用することはなかった。

〈仕方ない、これでやってみるか…いや、やるしかない〉

トム・アンダーソンを信じてやるしかなかった・・・これが本音であった。

 あくる日、トムがダンボールケース一杯に詰めた200セットの「ST、JB、TE用」のピックアップを持ってオフィスにやって来た。

「みんな、トム・アンダーソン・・・よろしくね」

「XXXXXX」僕は片言しか分からないので挨拶程度しかできなかった。

 トムもアメリカ人にしては無愛想で、にこりともせずダンボールからピックアップを取り出すとその新開発ピックアップ、「モンスタートーン」の説明を始めた。

 ルックスはポールピース6.2?で、ボビンの厚みも2ミリ強とまずまずである。しかしポールピースの素材はマグネットではなく「鉄芯」。組立てたボビンにワイヤーを巻きつけ、裏側にフェライトのマグネットを着装。
 さらにリア用のものには鉄板を貼り付けて磁力を増幅させ、リアピックアップ特有のパワーアップ減を工夫しているのだと言う。ストラト用に関してはセンターピッカップの極性を反転させ「フロント+センター」、「センター+リア」でハンバッカー効果の出せるよう工夫をしているのだと言った。

もちろん、タップドとノンタップを作ったと言う。さらにトーンコントロールは「ローカット、ハイカット」でイコライザーとし、よりクリアなサウンドを作れるよう設計したんだとの説明・・・

「トム、自慢しているぜ」とジョー。

 トムを見ると相変わらず表情を変えず余計なことは一切言わずにジョーが通訳し、それに反応する僕の表情を注意深く見つめていた。

「茂木ちゃん、早速アセンブリー作ってよ」

 ジョーはしっかりと一ダースづつパッキングされたモンスタートーンを取り出すと模擬ちゃんに言った。

「OK・・・ジョーさん良いねワイヤーちゃんとベルデン使ってるしルックスも、F500とそっくり」

と、茂木ちゃん。

「ノープロブレムだろっ、ナベ・・・ナベはうるさいからな」

そうジョーは僕に向かって〈どうだ!〉とばかりに言うと、ジョー、外人特有のポーズで肩をクイっと上げてウインクをした。

ジョーが二言三言多分その辺の僕の満足振りをトムに話すと、トムもニコッと僕に笑った。

茂木ちゃん・・・三〇分ほどで「タップド」と「ノンタップ」を作るとそのアッセンブリーを2本のシェクターにリプレイスした。

「????」

「パワフルにしてクリア、ローカット、ハイカットも小気味いいねジョー」

「だろ・・・トムは最高だぜ」

たしかに、F500シリーズとは全く違うが、パワー感は凄い。さらに、500のように「ボッ」と云う御圧は感じられないが、ノイズは殆ど無い。

「ナベ、『モンスタートーン』って云うシリーズで売り出そうかと思ってるんだ」

「モンスタートーン?」

〈アメリカ人らしい発想だなと感心しつつ、これは行けると思った〉

 パッケージケースはアメリカから取寄せた。ハードケースも輸入し、ソフトケースは「ブラックエナメル地」に白のシェクターのロゴ、ショルダーバッグ、Tシャツもプロモーション用に作って「ギターマガジン」に広告することにした。

 トムと松本についた頃にはもう日が暮れていた。原山さんと奥さんがニコニコしながら出迎えてくれていた。

「ジョーさん、オラ英語は全くズライ」

奥さんは小さな身体をさらに縮めて「きゃきゃっ」と笑った。

「原山さん心配しないで、心配しないで大丈夫」

 トムが「ニコッ」と笑った。

 原山さん、160センチそこそこ、奥さん150センチ無いかも…

 180センチからの「トム」を見上げるようにしながら、

「ジョーさん、浅間温泉に宿取ってあります。ご案内しますで」

と、愛車「パジェロ」を駆った原山さん。その頃の「原山ギター製作所」は安曇野の穂高にあった。松本市内から7キロくらいの所だろうか…

 途中「わさび大王」の農園があったり、少し遠回りして「松本城」の脇を通って、原山さん、トムに気を使ってくれていた。

 僕はその足で、大阪の「ランズコーポレーション」にシェクターを納品に行くので松本を後にした。

「ランズコーポレーション」

 僕がジョーを手伝い始めた時には、ランズコーポレーションの箱島さん、通称「ハコさん」と僕らは呼んだが、楽器業界しかも卸は長いようだった。元々はグループサウンズのメンバーでアルバムなんかも出していたようだ。
 この業界にはそう言うミュージシャン上がりは多い。

「ランズコーポレーション」大阪市内に事務所とリペアルームを持ち、京都、滋賀から以西をテリトリーに九州、沖縄までと手広く「シェクター」と「ムーン」を営業していた。 営業に椎葉君、近藤君を使って九州まで少人数ながら結構頑張っていた。
 京都、大阪は、ワタナベ、三木、大東、ヤマハと大手を押えていた。しかしそのランズ・コーポレーション」弱小も弱小。もちろん我が、シェクターもその頃は資金繰りが火の車で自転車操業もいい所だった。

結局、ハコさんも一発勝負「山っ気」を出して、ムーンコーポレーションと共同経営でロスアンゼルス、サンセットに工房を出すのだがどうも上手くいかなかったようで二、三年でそこのところの話は沙汰闇になっていた。

丁度、あの「いかすバンド天国」。「イカ天」なる番組がテレビで流行るチョイと前の頃の時代だろうか。
 シェクターはシェクターで都内、首都圏は自分たちで営業して回ったが兎に角その当時は楽器店という楽器店著しくはなかった。
 その頃からだろうか苦しい中専門誌に広告も出し、カタログも制作して都内の主だった専門店、池袋、新宿、渋谷、御茶ノ水界隈を営業して回った。二年に一度の「楽器フェア」にも出展した。出展したとは言っても自前の出展ではなかった。どうやらジョーが「森平」さんに無理やりお願いしたらしい。

「森平さん」。ご存知「モリダイラ楽器」の現会長さんである。

楽器フェアも終わってお礼を兼ねてジョーと僕は神田岩本町にあるだいぶ年季の入った「モリダイラ楽器」を訪ねた。いかにも神田岩本町にありそうな老舗の問屋のビルと言うか、戦後の風雪の趣を感じさせる「モーリス」と大きく書かれた看板がある建物だ。


  

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