サンセットブルバード

 

101をサンセットで降りると透のワーゲンは西に向けて走った。

ハリウッド・ブルバードのひとつ手前の南へなだらかな斜面の閑散としながらもLAっぽい趣の通りだ。

「トオル。俺レンタカー借りるからハリウッドのハーツに寄ってくれないかな」

「チャイニーズシアター?」

時々連れて行ってもらってるので透は知っていた。

「OK!」

トオルはフィドルの利いたスローなカントリーに調子を合わせながら短く言った。

しばらく行くと右手にギターセンターが見え、左手に、なぜか草臥れたようにた佇まうギターショップを圧倒していた。

日本の、LA観光ガイドブックなんかに「楽器店街」とかっこよく宣伝されているが、これがなんとも、チョイと大げさに言えば古ぼけた西部劇の街の趣だ。どの店もくすんでいるような感じでもう何十年もやっているようなそんな雰囲気の店ばかり。

店ばかりとは言っても、そう軒を連ねているわけではない。精々がその一角、20も無いだろう・・・しかもそのほとんど、いや、「ギターセンター」を除いては「中古楽器」専門店。

そのガイドブックには・・・

ギター愛好家の間でもてはやされる「ヴィンテージ・ギター」ショップの町と紹介されているのだが・・・

 

「あのレスポール、もう少し安くならない」

「ああいいよ。お客さんなら丁度にしておくよ」

なから年季の入ったロン毛の店員。

「これ新品かい?」

「もちろんさ・・・96年だ」

〈オイオイ、それは新品とは言わないだろう。それにだいぶハードウエアもくすんでいるし〉僕はそう思いながら言った。

「一番新しいのはないの?」

「ああ、これが一番新しいのさ」

その店員、「文句あるか」って言うような顔をしてそのレスポールを抱えて見せた。

透が日本語訛りの流暢な英語でその店員となにやら、笑いながら話をしている。

「ナベさん・・・今年の一番新しいのが欲しければギターセンターへ行くかって」

「これは新品さ。俺の店じゃあ一番のレスポール、新品だ」

と、店員は僕に「駄目かい?」と言うような素振でかざして見せた。

レスポールスタンダード・・・札幌、時計台の岩淵さんに頼まれていたやつだ。

「しかしな・・・透、96年の新品て言うのはな。しかもこのルックス」

この時代のレスポールはあまり良くない・・・

と、言うよりレスポール、ギブソンに限らず、フェンダーもグレッチもあまり良くない。僕はその秘密を知りすぎているから、「どうも・・・?」なのだ。

「ナベさん、ギターセンター行こうか」

トオルはそう言うと4、5本のギターをその店員から渡され、僕を車に促した。

「リペアなんだ。悪い・・・ナベさんこれ車に置いてくるから」

そう言うと透はその店の合い向かいにあるギターセンターの前のパーキングメーターに停めてあるワーゲンのハッチを開けてギターを押込んだ。

「ここ一番安全なんだ。コイン入れるの面倒だけどね・・・ほら、スゴイのあそこにいるでしょ」

トオルはアゴでそのスゴイのを「ホラッ」と、教えると「ニッ」と悪戯っぽくあのジェスチャーで言った。

「ライフル持ったガードマン。なにせギターセンタ、宝の山だからね」

と、言いながら何度もワーゲンのドアロックを確認していた。

「トオル・・・あの店の、ほら、あいつ。店閉めてるよ」

「いいんだ、ナベさん。あいつ元々ギターセンターの店員だったんだ。今からナベさんのためのギターセンターの店員なの」

と、言いながら透はまたあのジェスチャーで、今度は声を立てて僕に笑った。

「由美子は?」

「由美子?・・・あっ、あそこでドッグ食べてる」

ギターセンターのパーキングの一角にある露天のホットドッグスタンドでなにやら「外人」と楽しそうに・・・

「ハーイッ!」

とでも言っているのか、由美子は僕らを見つけるとドッグをを片手にコークをかざした。ギターセンター元店員がJウォークしながら信号を渡っている。

サンセットブルバード・・・


Jウォーク

「ナベさん、ハリウッドってスッゴイよ」

由美子はタンクトップから華奢な右腕を全開のワーゲンの窓から垂らしながら言った。「ロキシーの所、ナベさん、聞いて聞いて・・・・・!」

〈由美子のやつ、また言ってる>って言うような顔でニヤッとバックミラー越しに僕を見た〉

「クラプトン、クラプトンなのよ。しかも一人よ、一人」

言葉は日本語なのだがジェスチャーは「英語」。これは効き目がある・・・・身振り手振りの「日本語会話」。

まさに「落語」かも知れない・・・・・

そうか・・・落語は日本語で「英会話」をしているのか、となんとも変な感心をしてしまった。

「クラプトン・・・クラプトンて、あのエリック」

と、言いかける間もなく、機関銃のような由美子の日本語英会話が喋り出した。

「そうよ、それ、それ・・・・クラプトン、エリック・クラプトン」

「ほらあそこだろ・・・・」

と、トオルは下り坂でカーブするサンセットブルバードの信号を指した。

「そう・・・あそこ、あそこ。あそこの信号で、クラプトン、信号待ちしていたあたしと並んだのよ」

丁度その信号が赤になった。

「なんか外人、あたしの隣に、わぉっ、クラプトン、クラプトンに間違いないわっ。

もう真っ白・・・でも人違いかも、人違いでこんなにワクワクしたら損だと思って、あたし、思い切って聞いたの」

トオルは毎度の話らしくて信号が青に変わるとなにくわぬ顔でアクセルを踏んだ。

「ねっ、それでさっ、由美子、なんて聞いたの」

「アユー、クラプトン?」

トオルのワーゲンはサンタモニカブルバードを右折した。

「なんにも返事しないの・・・してくれないの。そしたらあたしの顔を見て、ニコッて」由美子はその時の光景に思いをめぐらすかのようにうっとりとした顔で言った。

トオルは半ば呆れ顔・・・・・

「クラプトンたら、Jウォークよ、Jウォーク。あたしもJウォーク、ナベさん、クラプトンとJウォークよっ!」

「カッコいいな・・・クラプトンとJウォークなの」

僕も思わず羨ましくなって叫んでしまった。

「由美子なっ、切符切られるぞっ、切符っ・・・・・」

「なに言ってんの、トオルだってあたしがその話をしたあとロキシーの前ふらふらしていたくせに、ねぇっ、ナベさん」

と、口を尖らせて僕にふり返った。

「20ドルなんて安いものよ。クラプトンとJウォークなら」

「そうだよな由美子、それでサインでも貰えればよかったのにね、どうせなら一緒に切符切られて」

「ナベさん、すごい、グッドアイディア」

トオルは呆れ顔でカップの温くなったコークを飲みながらサンタモニカのゲートを潜った。

「ナベさん一緒に行く・・・ベース、ピックアップするんだ、修理の」

サンタモにかの海岸沿いに住んでいるベーシストのリペアを頼まれていたと言う。

〈未だサンセットには少し時間がある・・・・・〉

サンタモニカビーチは静かにひっそりとしていた。

「年末から今年にかけて雨が多いの。こんな1月はあたしも初めてだわもう17年いるけど」

由美子は「寒い」と、Tシャツを被りながら言った。

「ナベさん、バンナイズまでは101のった方がいいみたい、バレー行くと通行止めになってるかも知れないから」

今にも一降り来そうな雲行きになっていたサンタモニカの・・・「カリフォルニアの青い空」。

僕を乗せた透のワーゲンが海岸沿いの家の前で停まった。


  

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