挫折

その頃僕は、「渋谷ジャンジャン」のオーディションには受かったものの練習というか、特訓の毎日だった。
 リハーサルでは松岡さんにケチョンケチョンに貶される僕に、社長の高嶋さんはこう言った。

「渡辺君・・・本番までに何とかなるな」

「はぁ・・・なんとか頑張ります」

 僕はそう言うのが精一杯だった。

その間も、「渋谷ジャンジャン」では毎月第三金曜日が「松岡計井子ビートルズを歌う」のプログラムになっているので、一回、二回と「大木トオルブルースバンド」のドラマー「成沢さん」と言う人が、どうしても上手く行かない僕の代わりに叩いた。

そんなある日、社長の高嶋さんが僕を呼んで言った。

「今度、うちのプロデュースで文楽の近松門左衛門「夫婦心中」のロック版をここでやるんだ。まあ、渡辺君・・・頑張れよ」

社長の高嶋さんは〈心配するな〉っと言うように僕に言った。

〈そうか・・・完コピのビートルズよりは上手くいくかも知れないな〉

 僕はそう自分に言い聞かせた。

しかし、数日後その企画の打合せに呼ばれていろいろと話を聞くうちに、僕は情けないことにすっかり自信を無くしてしまっている自分に気付いて憔悴しきってしまうのだった。
 いやぁ、流石、東京と言うか、中央のレベルは格段と違う。そもそも考え方からして違う。実力とか何とか以前の問題でその空気と言うか、迫力というか。それまでは田舎では敵なしのつもりでいた僕だったが、甲子園で言えば、初戦、「コールド負け」と言った感じだった。

 僕がオーディションに受かった、今回の松岡計井子さんのプログラムはビートルズ「ホワイトアルバム」と「アビ―ロード」をレコード通りに進行する。バイオリンもマリンバも一流のセッションプレイヤーを参加させてのゴキゲンなやつなのだと社長の高嶋さんは言っていた。
「カム・トゥギャザー」とか「ユー・ネバー・ギブ・ミー・ユア・マネー」、これなんか最も僕の好きなビートルズで絶対にやりたいと思っていたのだったが、イザ、やってみると難しいの、難しくないのって、もう無茶苦茶な「タイミング」。
 テクニックはけして難しいはずはないのだが、なんなんだろう・・・何度やっても合わない。タイミングが。

僕は言い訳がましく松岡さんに言った。

「すみません・・・譜面ないでしょうか」

「譜面・・・?」

松岡さんは訝るように僕を見ながら言った。

「譜面ねぇ。渡辺君、あなたが初めてだわ・・・コピーできないの」

「コピーしているつもりなんですがどうしてもタイミングが」

「アルバム、行ってるでしょ・・・何度も聴いてよ、何度も」

 どうしても上手くいかないリハーサルに「松岡さん」の苛立ちも限界に達していたようだった。

「渡辺君、あなたやる気あるの」

 僕は言葉がなかった。

 その様子を察してか、松岡さんの言葉を受けて、高嶋さん、僕に助け舟を出すようにして言った。

「今日はこれくらいにしよう。渡辺君、譜面用意させるから。とにかく初めてだものな渡辺君、こう言うの」

 まさに「穴があったら入りたい」とはこのことなのではないだろうかと、情けないを通りこして一刻も早くその場を逃げ出したい心境だった。

 憔悴しきったまま楽器の片付けをしている僕に高嶋さんは声をかけてきた。

「渡辺君―――話があるんだが」

ん・・・これは、てっきり「クビ」を言渡されるのかと覚悟を決めた僕。

「渡辺君、ギター誰かいないか・・・ほら、ギターの松本君今度のホワイトアルバムで、もう辞めたいって言ってるし、またオーディションて言う訳にも行かないからね。それにトラって云うわけにも行かないし、出来ればメンバー固めたいんだハウスバンドの」。

 すっかり自信を無くしてしょ気かえっている僕に高嶋さん

「松岡のこのプログラム、ジャンジャンの売りだしね。まあ・・・松岡も完全主義だからな、大変だろうけど何とか頑張ってよ。あっ、そう、ほら、ギター弾くって言う子、この間、大木さんの時に紹介してくれたじゃないの。ブルースやってるって言う友達。やる気あるか聞いてみてくれないか。今度つれてきてよ」

ありがたい話だったが、すっかり自信を無くしている僕に、ギター、それもお末ちゃんを連れて来いって言うんだから、それはいい話には違いないが、お末ちゃんが「ビートルズ」やるわけないしな・・・と、いっそう気が重くなってしまった。

翌日僕は思い足取りで池袋のお末ちゃんの所へ行った。もちろんダスキンの営業のアルバイトをするためだったが。

「お末ちゃん―――実はさ、ジャンジャンの高嶋さんがお末ちゃんにギターをやらねえかって云うんだ」

「知ってると思うが、当然ビートルズのーーー」

お末ちゃん、特に驚きもせず「へ――」って。

「実はさ、俺、もう限界なんだあのビートルズ。兎に角レベル違い過ぎるよ、他のミュージシャンバイオリンも、ピアノも一流なんだからやんなっちゃうぜ」

 僕とお末ちゃんは何時ものように、池袋西口の「焼きそば」を食べ、歩いて、大塚の「ダスキン」へ向かった。

 結局僕の青春は「意気地のない」青春だったと、ほろ苦さでいっぱいだった。


  

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